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小樽芸術村 ステンドグラス美術館AR

このARアプリケーションでは、小樽芸術村ステンドグラス美術館に所蔵されている全作品の解説をご覧頂くことができます。
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楽しみ方

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ストーリー紹介


特徴的な人物の紹介


「バースの女房」

つばの広い帽子をかぶり、深紅のすね当てをつけ、きりりとした目鼻立ちのこの女性は、5回もの結婚歴を誇る恋愛の達人だ。威勢よく語る「男性操縦法」とは裏腹に、ほれた男には弱いというギャップを隠さないところが彼女の魅力である。

「修道僧」

当時、僧侶が行うことは禁じられていたはずの狩猟が大好き。とび色の馬に乗り、てかてか光る頭と顔、鋭い目。その体格は王様のように立派で、仕留めた獲物でしっかり栄養をとっているように見える。庶民の模範となるべき聖職者が、実はおきて破りという意外性が魅力のひとつ。

「修道女」

緑のロザリオを持ち、誰の目にも敬けんで上品な、しかも慈悲深い女性に見える。しかしながら、彼女はその愛情を飼い犬に注ぎ、庶民の口にはとうてい入らない白パンを犬には与えるのに、貧者に与えることはない。そもそも、寺院の外へ出かけること自体が、当時の修道女として禁止事項だったのである。社会的規範を示す聖職者でありながら、実はおきて破りな、「修道僧」と同類の人物。

「免罪符売り」

赤い帽子、蜜蝋(みつろう)のように黄色い長髪、誰よりもずるそうな顔。この人物は、当時の歴史的悪人といえる。
免罪符とは、それを買えば罪が帳消しになり、天国に行けると庶民をだまして売られたもので、当時の教会制度の堕落の象徴である。彼が握りしめている袋には、免罪符で大もうけしたお金が、ずっしり入っていそうだ。

「粉屋の親父」

青い頭巾に赤いヒゲ、大きな口と鼻の穴、筋骨隆のたくましい腕にはバグパイプを抱えている。作品の中でもひときわ目を引く人物だ。
宿の主人が止めるのも聞かずに酔っ払ったこの男が語り始めたのは、騎士が語った上品で気高い宮廷のロマンスとは対照的な、下品で卑わいな庶民の笑い話であった。

「チョーサー」

本を手に、気難しそうな表情で描かれているのが、このステンドグラスの題材となった『カンタベリー物語』の著者、14世紀のイングランドの詩人ジェフリー・チョーサーである。この物語の中では、チョーサー自身も巡礼の旅に加わっており、「話がつまらない」と言われて笑い者になる場面がある。

この人物に注目

ここでは、イエス以外の人物について紹介する。
まず右端は、十二使徒のひとりである聖大ヤコブである。使徒の中には2人のヤコブがいるが、先にイエスの弟子になったヤコブを大ヤコブと呼ぶ。聖大ヤコブは巡礼の守護聖人として親しまれており彼の死後、聖遺物が運ばれたスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラが最大の巡礼地となった。本作においても瓢箪(ひょうたん)や頭陀袋(ずだぶくろ)を携えた巡礼者の姿をしており、帽子についているホタテ貝の印は現在も巡礼のシンボルである。
その左隣は同じく十二使徒の聖ペトロ。イエスの最初の弟子でありイエスから天国の鍵を授かった。本作でも金と銀の2本の鍵を手にしているが、1本は天国の入り口を開ける鍵、そしてもう1本は悪しきものを封じ込めるために扉を閉じる鍵といわれている。
左端のパネルは、十二使徒のひとりで福音史家でもある聖ヨハネが描かれている。聖ヨハネは右端の聖大ヤコブの弟であり、イエスに最も愛されていた弟子といわれている。聖ヨハネが手にしている杯からは蛇が這いだしているが、これはキリスト教を迫害していたドミティアヌス帝の命令で毒杯を仰がされた時、聖ヨハネの祈りにより毒が蛇に変わり杯から出た、という奇跡が由来である。
その右隣の聖母マリアは「悲しみの青」といわれる深いブルーの衣服をまとっている。手には純潔の象徴である白百合を持っており、3本という数は三位一体を表している。

工房紹介「クレイトン&ベル工房」

「クレイトン&ベル工房」
リチャード・クレイトンとアルフレッド・ベルが1858年頃に設立したステンドグラス工房。
19世紀末から20世紀初めのイギリスにおいて最も大規模な工房であり、多くの聖堂に作品を提供していた。1950年頃まではイギリス王室御用達の指定も受けていたが、他の工房同様、現在は廃業している。
当時のこの工房の特徴のひとつとして、人間を解剖学的に捉えた絵付けが挙げられる。特に顔や手足に注目すると、筋肉の流れに沿って縞(しま)状に絵付けが施されていることがわかる。

この人物に注目「ユダ」

「ユダ」
右端の最も手前に描かれている男がイエスを裏切った弟子のユダ。弟子たちの中でもひときわ驚いた表情を浮かべ、腰には裏切りで得た銀貨30枚を入れた袋を提げている。

工房紹介 「アラン・バランタイン&ガーディナー工房」

「アラン・バランタイン&ガーディナー工房」
ジェームス・バランタインとジョージ・アランが、1830年頃にスコットランドの首都エジンバラで設立した工房。のちに絵付けを専門とするハーバート・ガーディナーがパートナーになり、アラン・バランタイン&ガーディナー工房と名乗るようになる。様々な公共建築や教会に作品を提供し、その仕事は国会議事堂の上院などにも残されている。

ミニコラム「工房のサイン」

「工房のサイン」
本作の下部右端に、
「A Ballantine & Gardiner
EDINBURGH 1901」と小さく文字が書かれている。
A Ballantine & Gardiner は本作を制作
した工房の名前であるアラン・バランタイン&ガーディナー工房、EDINBURGHは工房の所在地であるエジンバラ、1901は制作年を示す。本作が制作された1901年は、イギリスの絶頂期であるヴィクトリア朝時代最後の年で、ステンドグラスの絵付け技法の最盛期でもあった。本作はそのような時期に作られたヴィクトリアンステンドグラスの傑作である。

この人物に注目 「フレデリック・ケイ・ド・トロウス」

「フレデリック・ケイ・ド・トロウス」
本作の4枚はいずれも、病気の治療に関してイエスが起こした奇跡を主題としている。では、なぜそのようなテーマが選ばれたのだろうか。手がかりとなる言葉が、パネル下部にラテン語で刻まれている。
「フレデリック・ケイ・ド・トロウス 1874年1月7日、36歳で死去」「彼を愛して結婚した妻が、悲しみの中でこのステンドグラスを寄贈した」
この書き込みから、本作は夫の死を悼んだ妻が、教会に寄進したステンドグラスだということがわかる。病気の治療がテーマに選ばれたのは、闘病の末命をおとした夫を救うことが出来なかった悲しみと、最期まで神の奇跡を信じ続けた妻の想いが込められているからだろう。

ミニコラム「エマイユ技法」

「エマイユ技法」
本作には「エマイユ技法」が用いられている。エマイユとはガラス用の七宝顔料で、16世紀頃から使われ始めた。一枚のガラスの中に、絵画のように自由な色彩や表情を与えることができ、本作においては「盲人の治療」の足元の、色とりどりの草花などにエマイユ技法が使われている。しかし、この顔料は酸などの腐食に弱いことが欠点で、設置される場所によっては傷みが早く進む。

この人物に注目 「フレデリック・ケイ・ド・トロウス」

「フレデリック・ケイ・ド・トロウス」
本作の4枚はいずれも、病気の治療に関してイエスが起こした奇跡を主題としている。では、なぜそのようなテーマが選ばれたのだろうか。手がかりとなる言葉が、パネル下部にラテン語で刻まれている。
「フレデリック・ケイ・ド・トロウス 1874年1月7日、36歳で死去」「彼を愛して結婚した妻が、悲しみの中でこのステンドグラスを寄贈した」
この書き込みから、本作は夫の死を悼んだ妻が、教会に寄進したステンドグラスだということがわかる。病気の治療がテーマに選ばれたのは、闘病の末命をおとした夫を救うことが出来なかった悲しみと、最期まで神の奇跡を信じ続けた妻の想いが込められているからだろう。

ミニコラム「エマイユ技法」

「エマイユ技法」
本作には「エマイユ技法」が用いられている。エマイユとはガラス用の七宝顔料で、16世紀頃から使われ始めた。一枚のガラスの中に、絵画のように自由な色彩や表情を与えることができ、本作においては「盲人の治療」の足元の、色とりどりの草花などにエマイユ技法が使われている。しかし、この顔料は酸などの腐食に弱いことが欠点で、設置される場所によっては傷みが早く進む。

工房紹介 「チャールズ・イーマー・ケンプ工房」

「チャールズ・イーマー・ケンプ工房」
チャールズ・イーマー・ケンプは1837年にイギリスのサセックス州ブライトン郊外に生まれた。
裕福な名家で両親は信心深かったため、幼いころから教会に通い、その建築や装飾に興味を持っていた。大学に進んだケンプは、教会建築や装飾デザインを学び、やがてステンドグラスに特化して研究に取り組むようになる。
1864年、27歳になったケンプはクレイトン&ベル工房で見習い修行を始める。当時、教会ステンドグラスの古典的技法を習得できる工房はごくわずかであり、その中で最も素晴らしい技術を持っていたのがクレイトン&ベル工房であった。すぐさま頭角を現したケンプは、工房で最も重要な仕事を任されるようになり、2年後には独立して、チャールズ・イーマー・ケンプ工房を設立する。
教会建設の増加に伴い、19世紀末の最盛期には数百人の職人を有する工房にまで発展した。

ミニコラム①「工房のサイン」

「工房のサイン」
壁面に展示してある高窓の下部左端に小さな麦束と城が描かれている。これはチャールズ・イーマー・ケンプ工房が19世紀末に使っていたサインである。ステンドグラスが教会に寄進されることがほとんどだった時代、たとえ制作者であっても、大きな文字で自分の名前を書くことは控えられた。そこで後世に自分の作であることを伝える手段として、このような隠しサインが使われた。

ミニコラム②「ティンパヌム」

「ティンパヌム」
ティンパヌムとは、教会建築に設けられる、梁(はり)と屋根の間のアーチ型や三角形の壁面部分のこと。ステンドグラスの場合は、その壁面を飾るための装飾窓のことをいう。
本作のティンパヌムは「イエスの受難道具」というテーマで作られている。ユダが裏切って得た30枚の銀貨、茨の冠、兵士たちがイエスからはぎ取った服を博打で分けた時のサイコロ、鞭(むち)打ちの鞭、十字架に架ける際の3本の釘、そして苦い葡萄(ぶどう)酒を湿らせた海綿と脇腹を突いた槍(やり)が描かれている。

ミニコラム①「2つの紋章」

「2つの紋章」
磔(はりつけ)にされたイエスの足元に見られる2つの紋章もまた、このステンドグラスの出処を探る大切な要素である。まず左の紋章はヨーク大主教区の紋章。そして右側の、神の子羊と白地に2本の鍵が交差する紋章はリポン主教区(※)の紋章である。つまりこのステンドグラスは、リポンにあった「セント・ルーク教会」に飾られていたものと推測できるのである。
※リポンはノースヨークシャーの町で、7世紀に聖ウィルフリッドによって興された都市。

ミニコラム②「ゴシックリバイバル」

「ゴシックリバイバル」
人物の周りに描きこまれた、建物の柱や 尖塔(せんとう)の緻密(ちみつ)な装飾の数々にご注目。
これは、18世紀後半から興った「ゴシックリバイバル」のデザインを取り入れたものである。
「ゴシックリバイバル」とは、12世紀末頃からフランスで発生した「ゴシック様式」の「リバイバル(復興)」運動のこと。頂部のとがった縦長の窓や、アーチ型の梁(はり)が交差した天井などが特徴である。当館収蔵作品の多くに、同様の装飾が施されている。

この人物に注目

前ページで紹介したイエスと聖ルカ以外の人物について紹介する。
まず、上段左端には十二使徒の筆頭である聖ペトロがいる。イエスの最初の弟子であり、イエスから天国の鍵を授かったため、鍵を手にした姿で描かれる。
その右隣に描かれているのが、旧約聖書における四大預言者のイザヤ。長いひげの老人として描かれることが多い。
その下で聖母マリアが、我が子イエスの磔刑を悲しんで手を合わせている。マリアの衣服は深い青、つまり「悲しみの青」として描かれる。
イエスをはさんで反対側には十二使徒のひとりである聖ヨハネが、マリアと共に磔刑図の一部として描かれている。
上段右端のパネルにはイギリス、ノーサンブリアの聖人である聖ウィルフリッドが、リポンの町の守護として描かれている。
その左隣には聖ステパヌスが、石を手にした姿で描かれている。聖ステパヌスは信仰を貫いたため石打ちの刑によって殺され、キリスト教最初の殉教者(じゅんきょうしゃ)になった。そのため、石は彼を象徴するものとして共に描かれる。
下段右端には聖パウロがいる。ユダヤ人でありながらローマの市民権を有していた聖パウロは、殉教の際、磔や石打ちではなく、ローマ市民として剣による斬首が許された。そのため抜身の剣を手にした姿で描かれている。